中川家剛がパニック障害に!中川家剛が経験した症状と対処方法は?

日本でパニック障害は100人に3人という割合で発生するので実はさほど珍しい病気ではないと言えます。

ただ精神的な病気や症状というのは病気自体を隠してしまう人が多いのが現状ですが最近では芸能人の人が病気について番組やブログなどで告白している人が増えてきています。

その1人が中川家の兄である剛で病気との付き合い方を語っていました。

中川家について簡単な紹介

中川家とは剛(兄)と礼二(弟)の兄弟漫才コンビで、1992年に弟と共に吉本総合芸能学院(NSC)に入りコンビ結成し、翌年に2丁目劇場で初舞台を踏みました。

その後は大阪を拠点としレギュラー番組を持ち活躍していたのですが、1997年に剛がパニック障害を患ってしまい、その結果レギュラーの仕事を失い、礼二は1人での仕事をし、剛は引きこもり状態だったといいます。

ですが、礼二が中川家の看板を下ろさずに仕事を続け、剛の症状が落ち着きコンビでの活動を再開します。そして2001年M-1グランプリの初代王者となったことで、中川家の知名度は全国区となったのです。

中川家剛の症状

漫才師で舞台を中心として活動をしている彼らにとって、電車での移動は日常不可欠です。しかし、剛は一時期パニック障害から特急電車に乗ることが出来ず、各駅停車に乗り、不安に襲われると駅に降りるといったことを繰り返し、通常なら30分で行ける距離を4時間もかけて移動するといった状態だったのです。

そんな状態で仕事を続けることは出来ずに、才能がある弟を自分のせいで埋もれさせてしまった、単独で仕事をする礼二に対し、弟は1人でもやっていけると一時期は本当に漫才を辞めることすら考えたそうです。

礼二の献身的なサポート

剛がパニック障害になったことを最初に礼二に打ち明けた時は、そんなのは気持ちの持ちようで病気だと理解できなかったと某番組で礼二自身が語っていました。

ですが、病気で苦しむ兄を見て、徐々に大変な病気だと認識を改めたそうです。そして、コンビで活動していた彼は、レギュラーの仕事を失っても兄を責めなかったし、剛が迷惑をかけたくないから芸人を辞めると言った際に引き止めたのも礼二でした。

その後、病気のことを周囲に打ち明けて、弟のサポートもあり少しづつ病気を回復、中川家の礼二がリードし剛がボケるスタイルはパニック障害がきっかけでだったでうです。

中川家の漫才のネタを作っているのは剛の方なので病気さえも彼の芸の肥やしになっているのだと言うことが出来ます。

どのようにして克服したか

剛がパニック障害を克服した対処方法は次のように語っていました。「スト玉(ストレス玉)を胸をドンと叩き、ポウッツと吐き出したらスッキリするから、たまに楽屋とかでやっています。」

ちなみにスト玉というのは、別名ヒステリー球と言われるもので、パニック障害の人でも必ず全員がなるという訳ではなく、また他の精神疾患でスト玉に悩む人もいます。

この方法は、目に見えないストレスを体内から吐き出し、ボールにして壁などにぶつけることをイメージし、ストレスを緩和する方法です。パニック障害などは再発もしやすく、完治は難しい病気なので、対処方法を身につけて病気と上手に付き合っていくことが重要です。

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