パニック障害、何それ?そこから生き方を変えてみた 女性 36歳 S.C.さん

私はずっと、自分は強い人間だと思っていました。初めてパニック障害を発症したとき、私は学費、生活費を稼ぎながら専門学校に通っていましたが、アルバイト先のファストフード店で突然過呼吸を起こしてしまいました。

それ以来、店のなかにいると気分が悪くなるようになりました。学校の卒業の時期が近付いていましたが就職が決まっておらず、何とかアルバイトは続けたいと思っていたので病院に行きました。

誰にも知られることなくこっそり治して、できれば何事も無かったのと同じように日常に戻っていければ、と考えていたのです。私はそんな弱い人間のはずはない、という気持ちでした。

病院の診断は…私にとっては意外な結果

予約、というのが面倒だったので、予約なしで行ける病院をネットで探し、定期券内で行ける心療内科へ行きました。病院内ではテストのような質問に答えたり、家族のことや成長の過程について先生とお話をしたりしました。

その中で、自分では封印してきた過去と向き合うことになりました。小学校から、私はいじめを受けてきました。高校の頃まで、誌にたいという気持ちがずっとあり、何をするにも全力になれず、将来のことを考える気持ちにもなれませんでした。

きれいな形で死ぬことを実行できないまま時間だけが過ぎ、形だけでも進学しておこうかな、もしかしたら誰も知らない場所なら人生やり直せるかも、という気持ちで、地元から遠い学校を選んで、無事入学できました。

そこから仕事について、まじめに考えたのですが、これといった特技も持たず、人と接することや人から評価されることに対して、極度に緊張してしまう体質を押さえ込み、平気なフリして人並みにこなそうとしてきた結果、かなりのストレスを抱え込んでしまったようです。

学校卒業のタイミングでアルバイトは辞めました。一旦実家に帰って、両親に伝えました。「私、パニック障害だったんだって。小学校でいじめられていたときから、積み重なったモノが原因みたい。

今後はCさん(彼氏)のところに居候しながら仕事探すね」両親は驚き、心配しながらも送り出してくれました。

自分にも回りにも、ウソをつかない

Cさんもまた、自分のことのように心配したり嘆いたりしながらも、快く身元を引き受けてくれました。薬を飲むとかなりの眠気が訪れます。

一日の半分は睡眠時間でした。それで私の「がんばらなきゃ、もっと!」と無理に力を入れていたのが強制終了されたような状態です。

少しの期間の投薬で快方に向かいました。その後、広告会社に就職が決まりました。仕事は主に文章を書くことで、思えばいじめられていた頃、図書館や家の本棚の前で背中を丸めながら本ばかり読んでいる、それが私でした。

仕事に夢中になりすぎて、寝不足が続いたりすると過呼吸が起こることはあります。不本意ではあるけれど、それが自分だと受け入れることができました。仕事が楽しいけれど、しっかり睡眠はとるようにしています。

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