誰でも発症する可能性があるパニック障害!~発症してから完治するまで~ 女性 26歳 Y.K.さん

わたしは大学院で研究する過程でパニック障害を発症し、1年間休学しました。

原因は研究する上での過労、上司からのパワハラ、自分自身の性格など、様々な原因が重なった結果でであったのだと思います。

今は回復し、卒業は1年遅れたものの、パニック障害を発症する前と同じように大学に通うことができています。

パニック障害を発症してから回復するまでの経緯、私自身が感じたこと経験したことを書くことで、同じように苦しんでる方の助けになればと思います。

パニック障害を発症するまで

わたしの通う大学は、そこそこ勉強すれば入れるような普通の大学、普通の理系の学部です。

4年生になり研究室に配属され、もっとこの研究をしたいと思い大学院に進学しました。理系大学ではたびたび聞くお話ですが、私の研究室の教授も俗に言う

パワハラ

教授でした。とにかく怒鳴り散らします、平気で悪口や嫌味をいいます、自分のやりたいように我々が動かないと手を出すこともあります。

すべての人にそのようにするわけではないのですが、わたしはその標的となりました。

毎日のように怒鳴られ、嫌味を言われ、私の心がどんどん弱っていくのを感じました。その上、毎日研究室にこもりきりで、それでも研究が思うように進まず、息抜く暇もなく、寝る暇すらなく、気づいたら体も心もボロボロになっていました。

もちろんその時、私自身に要領よくやっていく能力があればもう少しうまくやれたのかもしれないし、人に相談する勇気があればここまで追い込まれることもなかったかもしれないし、もっと息を抜きながらやっていければよかったのだなと今は思うのですが、そんな器用さは持ち合わせていませんでした。

パニック障害発症

ギリギリの精神状態の中、自分の研究を発表する学会があり、自分自身もスライドを製作し発表しました。自分の発表直前、突如息をするのが苦しくなりました。心拍数はいつもの比ではなく、緊張とは違った感じがして、恐怖感で自分に何が起きたのか分からなくなりました。

しばらくしたら回復したため、この時はすぐ病院に行ったりはしませんでした。このころから急に体重が減少し始めました。そののち研究に取り組もうとすると心拍数が上がりだし、どんどん朝起きれなくなり、外にも出れなくなりました。

誰に助けを求めていいのかも分からず、助けてほしい一心で病院に駆け込みました。そこで“パニック障害”と診断されました。この時、原因が分かり少しだけ安心したのを覚えています。

そんなに自分を追い詰めていたなんて知りませんでした、気づきませんでした。『休むのが仕事です』と病院の先生に言われたとき、休んでいいんだって、そう思うだけで泣きそうになりました。

周りの人たちの反応

身近な人にしかパニック障害であることは伝えませんでしたが、研究室の仲間、家族みんなが驚きと動揺を隠せないような感じでした。とにかく周りのみんなは気づいていませんでした。

そりゃー気づかれないように毎日笑顔で過ごしてましたから。こういう性格も発症の原因だったのかなと今では思います。研究室の仲間には休学を止められました。一緒にやっていきたいとのことを伝えられましたがわたしの心は、ここから離れたいばかりでした。

家族は最初、同様していたものの、すぐに状況を把握してくれました。教授はもちろん自分のパワハラが原因の一つであるなんて思ってもいないようでした。

パニック障害の治療、休学後

とにかく少しのことで疲れる、何もする気が起きない、家から出たくない、人に会いたくない、という状況だったのですっと家で寝ていました。薬を飲みながら、1日1回以上の発作があるのでそのたびに発作用の薬を飲みました。

食べ物ものどを通らず3か月ほどで6kgほど体重が落ちました。BMI18,5を普通に下回りました。とにかく寝て、薬を飲んで、寝てという生活が4か月ほど続きました。

不思議なことに、1日のほとんどをふとんの上で過ごしているのに、外に出たいという気持ちはひとつも起きませんでした。家族も周りの人たちもそんなわたしを責めることもせず、見守っていてくれました。

そんな生活が数か月続いた後、少しずつなにかやりたいというきもちが出てきました。はじめは、テレビがみたい、だったかなと思います。そこから食べたい、外に出たい、そんな当たり前の感情が出てくるようになりました。

発作の恐怖はあれども少しずつ外に出られるようになっていきました。半年後、薬には頼っていましたし、発作もありましたが自分自身がアクティブになっていました。外でご飯を食べたり、ちょっと旅行に行ったり。

ただ研究のことを考えると発作がでるので、研究の話はタブーのままでした。治療をはじめて10か月ほどたった後、アルバイトが始められるくらい元気になっていました。そのころから今後大学に戻るかやめるかを考え始めました。

そしてアルバイトをする中で、やっぱり大学に戻って大学院をやり切りたいと思うようになっていました。そのころには発作もほぼなくなり、普通の日常生活を送れている自分がいました。

1年後私は復学しました。医者にももう薬は飲まなくていいよと言われました。治るなんて思ってもいなかったので本当にうれしかったのを覚えています。

完治して復学した後

完治したものの、パニック障害を発症した環境に戻ることは私自身も怖かったですし、周りも心配しました。環境は変わらないので、自分の性格を変えるしかないと、そう決めました。

何も気にしない、なんとかなる、楽観的に、最初はできませんでしたがどんどんいろんなことが気にならなくなりました。ため込まない、いやだと思ったらその場で愚痴を言う、そんなこと今までしていなかったのに、すぐ愚痴るようになりました。

でも愚痴ることで心がすっきりする自分がいたんです。いろんなことを割り切って、ため込まずに生活する、自由になる、これだけで生きることが楽になりました。パワハラ教授にも気づいたら何も言われなくなっていました。

現在の生活

パニック障害の間はつらいですし、なんでわたしだけ…こんな気持ちになるなんて幾度もありましたが、今はそのおかげで自由に気持ちを楽に生きていけています。

そんな風に、ポジティブにとらえられるようにやっとなれました。今となってはどうしてあんなに教授が怒鳴ったのかわかる気さえします。もちろんパワハラには断固戦いますし、パワハラ反対の気持ちは変わりませんが。

ここまで回復できたのは周りの人たちが温かく見守っていてくれたからです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。パニック障害はどれだけ病院に通おうとも周りの協力なしには完治できないと私は思います。

あと半年で大学院を卒業できます。今は研究に追われながらも息を抜くために旅行に行ったり、ずる休みしたり、怒鳴られることもありますが毎日を楽しく過ごせています。

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