中川家剛さんがパニック障害に?周りの理解が病気を乗り越える力に!

中川家は、兄の剛さんと弟の礼二さんの兄弟によるお笑いコンビです。

数々の大会で受賞するなど漫才で高い評価を得ている一方で、コントや、形態模写などのシュールなネタも得意としています。

実力も人気もあり、現在仕事を順調にこなしている中川家ですが、兄の剛さんがパニック障害を患っていた時期がありました。

闘病は、1997年から2001年までの4年間にも及んだそうです。

デビューしてすぐに活躍、しかし剛さんがパニック障害に!

中川家は、お笑い養成所であるNSC在学中からすでに漫才の実力が認められていたそうで、NSCでのネタ見せの際には、教室の後ろで多くの芸人が彼らのネタを観覧していたほどだとか。

そんな中川家は、1996年に第17回ABCお笑い新人グランプリで最優秀新人賞を受賞します。その後、少しずつテレビでも活躍するようになり仕事が軌道に乗り出すのですが、1997年に剛さんが突然パニック障害を患ってしまいました。

舞台に立つと不安や恐怖に襲われるようになり、それは日に日に強くなり、舞台から飛び出してしまったこともあったそうです。剛さんは病院で検査を受けましたが、体には何も異常がありませんでした。

そして最終的に精神科を受診して、パニック障害だと診断されたのです。

真面目な性格はパニック障害になりやすい!

剛さんは自分がパニック障害になった原因を「自分の性格的な問題」だと語っています。お医者さんからも「お笑いに向いていない」と言われたというほど剛さんは真面目な性格でした。

当時は、お笑いの世界でよくある「いじり」をまともに受け取ってしまい、真剣に悩んでしまうことがあったそうです。

また、漫才のネタもしっかり作っていた剛さんはプレッシャーを感じることもあったようで、色々なことを真面目に考えすぎてしまう性格が災いし、人前に出ることが恐怖に感じるようになり、パニック障害を引き起こしてしまったのでしょう。

パニックで電車に乗れない苦しみ

剛さんは、不安で過呼吸になるというような症状に苦しみました。電車に乗っている時も、その閉鎖的な空間に耐えられず、パニックになりました。特に特急や急行だとパニックになりやすいので、仕事の時は各駅停車で一駅ずつ休憩しながら時間をかけて移動したそうです。

時には、数十分で行けるような距離を4時間かけて行ったこともありましたが、そんな時、相方であり弟でもある礼二さんは、文句を言わずに剛さんに付き添ってあげていたそうです。

礼二さんに協力してもらいながら仕事を続けていましたが、だんだん仕事をこなすことが困難になり、多数持っていたレギュラー番組もなくなっていきました。礼二さんは一人で仕事をするようになり、家に引きこもるようになった剛さんは、「自分のせいで才能のある弟が埋もれてしまう」と思い、礼二さんに「辞める」と伝えます。

しかし礼二さんは、「とりあえず一年間だけやってアカンかったら芸人の世界を辞めよう」と剛さんに言うのです。

病気を打ち明けることが回復への一歩に

礼二さんにパニック障害であることを打ち明けた時、「気持ちの問題やろ」と最初は理解してもらえなかったそうです。

ただ、礼二さんに打ち明けることができたことで、気持ちがラクになったといいます。最初は剛さんの病気が理解できなかった礼二さんですが、剛さんの苦しんでいる姿を目の当たりにすることで病気の深刻さを理解していき、献身的に支えるようになりました。

剛さんは病気のことを周りの人達にも打ち明けることにします。すると、坂田利夫さんや明石家さんまさんなどの先輩達も、病気に理解を示し、時には笑いに変えながら、救いの手を差し伸べてくれました。

周りからの励ましの言葉や理解を得られたことで、剛さんは自分の病気をしっかり受け止めることができるようになりました。自分の病気を周りに伝えたことが回復に向かうきっかけとなったのです。

さらに、いつも側で献身的に支えてくれた礼二さんの存在によって、剛さんは少しずつ病気を乗り越えていきました。

パニック障害の再発は?現在も病気と向き合う剛さん

剛さんの症状が良くなり、仕事にも復帰できるようになった中川家は、2001年に行われた第1回M‐1グランプリで見事、初代チャンピオンになります。

それをきっかけに知名度も上がり、様々な仕事をこなし、現在もテレビで活躍しています。中川家は、漫才の最初と最後だけを先に考えておいて、剛さんが自由に遊ぶスタイルで漫才をやるのが特徴ですが、これはパニック障害がきっかけでできたスタイルだそうです。

剛さんはとても真面目な性格でしたが、パニック障害になったことで、「自分のペースでいこう」という考え方ができるようになったそうです。現在はテレビで元気な姿を見せている剛さんですが、今でも時々パニックになることがあるようです。

そんな時は礼二さんに「また来てるかもしれない」と正直に伝えるそうです。このように隠さず口に出すことで、以前よりはだいぶ症状がラクになったということです。

また、ストレスが溜まると胸をドンっと叩き、口からストレス玉を吐き出すというような独自のストレス発散法を身につけ、このように今は、自分の病気と向き合いながら、うまく付き合っているようです。

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