突然起こる不安障害ってなに?その付き合いかた体験記 女性 23歳 K.K.さん

日々生活する中で誰もが不安を感じています。しかし、その不安は様々で不安の大きさもそれぞれです。

私は高校2年生のとき教室ではじめてのパニック発作をおこしました。体が震えめまいがしその時のことははっきりと覚えていません。担架で保健室に担ぎ込まれました。

その後教室でパニックを起こしたらという不安も相まって、発作を繰り返すようになり保健室登校や補習を受けまくりました。今でもはっきり不安の根底がなんなのかわかりません。

もともと心配症な性格でもありましたから、考えすぎてしまうのが良くないのでしょうね。私の不安障害の軽い記録です。

初めての発作、その症状とその後の生活

先ほど書いたように初めての発作は高2のときでした。体の震え、めまい、呼吸が苦しくなり、本当に死ぬと思いました。初めての発作が教室だったこともあってその後教室という空間がこわくなり、席替えでは一番後ろのドア側の席を用意してもらいました。

すぐに逃げられる状態にあるというのは有難かったです。それでも保健室登校や授業に出られない分の補習をしてもらうこともあり、当時の先生方には頭が下がります。それでも、発作は止められずに学生生活は苦行でした。

人との交流は避けられませんし、出席しなければ留年の問題もでてきます。私は、担任の先生に恵まれたので矯正されるような言葉は貰いませんでしたが、理解のない先生には根性論をかたられたこともありました。しんどかったですね。

症状のでやすさと周りの状況

私は、人が集まる場所が苦手で発作をおこしやすいです。逃げられない環境というよりも、人の目にさらされることが特に恐ろしいようで外出も怖かったです。

対人恐怖症もありました。人と協力する作業なんかはまったくといっていいほど手が出ませんでした。今でも、人前に出るとき用の薬を飲んでいます。普段の薬はやめられましたが、発作用の薬なしに生活するのは未だにおそろしいです。人ごみには基本として近づきません。

周囲の反応、実感する人のチカラ

友達は格段に減りました。もともと多い方ではありませんでしたが、理解できない人の方が多いのはもちろんですし、急な発作で約束を反故にしてしまうこともありますから、理解を示してくれる人だけが私には残りました。

理解を示してくれた人がいてくれたのは、私にとって救いでしたね。発作が起きても手を握って落ち着くのを待ってくれたり、何もせずに放っておいてくれたりする人もいます。

家族はそういう人に否定的なタイプの人間ばかりでしたが、夜中に眠れなくなって起き出してくる私につきあって映画を見てくれたり、まとまらない話を辛抱強く聞いてくれたりしました。

すごい人たちだなと思います。まあ、話したことはお互い後日に覚えていないことが判明したりするんですが。周りの人間にはとてもよく恵まれたなと思いますね。急かされたり、責められたりすることはありませんでした。

あの頃はそれがまた苦しかったりしたのですけど、周りの人に生かされていたなと素直に思います。

現在の状況と不安障害との付き合い

現在は発作時の薬と人前に出るとき用の薬だけを生活にかわりました。

病院に通って薬の力に頼った部分は大きいのですが、不安障害は不安が失くならない以上一生付き合いのあるものだと認識しています。私は今は表に出ていないだけで治ったと言っていいのかどうかわかりません。

だけど、自分は人の多いところがダメだとわかったから学校も大きなところはやめにして授業もやむを得ない場合以外は少数のものなど対策をとりました。これは逃げかもしれませんが、自分が生きていく上でこの症状とどう付き合っていくか考えた結果です。

家に引きこもりがちでは急に外に出た時に、発作になりやすいので毎日最低10分は外出するように心がけています。人とのコミュニケーションがおろそかになるのも良くないので、週に1度は家族と連絡をとります。

自分の症状を知って、どう付き合っていくかが不安障害では大事なことです。不安が完全に取り除けるとは思えません。治さないと!と焦るとうまくいきませんよね。

きっとそれぞれの付き合い方があるはずですよ。

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